茂木の言う拒否権を担う脳活動自体は、無意識の準備段階を持たないという事か? (他の脳活動は、この無意識の準備段階を持つにもかかわらず。)
ぽよは、意識の脳活動は、無意識の自動機械的情報処理に対して後付の解釈をしているだけだと思うのだが。
事実関係を確認すると、ぽよがchange blindnessのMEGを計測したとき、回答を発見する1秒前のフレームまでの脳活動を、フェイクで2枚の画像を同じものにしておいた場合の活動と比較すると、楔前部や帯状回後部の活動が起こらない点が違っていた。つまり、awarenessが期待される時、楔前部や帯状回後部に活動が生じるのである。これは、網膜残像の違い検出とは異なる。もしそうであれば、2枚の画像の交互提示を始めた直後でも、この違い検出が起こるはずだからだ。発見の直前であり、かつまだawarenessが生じていないと思われる1秒前のフレームであることが重要なのだ。これを見ると、発見等、殆どの思考活動において、awarenessの出現に先立って脳活動が起こるという点は間違いないと思う。
これを確かめた後、回答を発見したときの脳活動を調べると、楔前部や帯状回後部に加えて、帯状回前部、前頭前野に活動が現れることが分かった。ところが、発見が意識に上った時にだけ現れる帯状回前部、前頭前野などの活動の時刻はボタン押しと同時か、数十ミリ秒程度ボタン押しより遅くなる。これを見ると、拒否をしたくても間に合わないように思うのだ。
ぽよにとっては、むしろ、「(何かをきっかけにして)意識に上ってしまう」という事自体が、抗う事の出来ない機械的自動処理であるように見える点が、「これでいいのか?」と思ってしまう点だ。「特定の情報処理に、特定の意識がへばり付いている」なんて安易な事を言っても、分かったような気がしない。コンピューターのプログラムに特定の意識がへばり付いているのを見たことが無いからだ。機械的情報処理の中の、一体どこからawarenessが生まれてくるのか?