Saturday 31 December 2011

「意識の拒否権仮説」

茂木健一郎

 リベットを始めとする、多くの人の実験によれば、脳は、随意運動を起こすよりも前に(条件によって異なるが、典型的には一秒程度)、すでに準備の活動を始めている。この出発点は測定の精度によって異なるので、部分的にでも因果関係のある活動は、もっと先に始まっている可能性が高い。

 そして、典型的には運動開始の0.2秒程度前に、「私」の「意識」が、自分が起こそうとしている運動の所在に気づく。つまり、随意運動の準備は、無意識のうちにすでに始まっている。そのプロセスがある程度進み、いよいよ最終的な実行段階になるその直前に、意識が介入して、実行するかどうか決めるのである。

 自由意志(free will)との関連性で言えば、意識の第一の役割は、「拒否権」(veto)の発動であるということになる。意識は、随意運動をゼロから立ち上げるのではない。むしろ、ほとんどの準備は無意識のうちに行っていて、しかる後に最後の段階で意識が拒否権を持って介入する。つまり、意識の機能は、消極的なものであると言って良い。

 意識の役割を、このようにとらえる説を、以下では「意識の拒否権仮説」(veto theory of consciousness)と呼ぼう。

 随意運動における意識の役割がこのような設計になっていることには、合理性がある。スポーツをやっている時のように、一連の随意運動が連動して続いていく時には、特段の事情がない限り意識が介入しない方がスムーズに行く。特に、チクセントミハイの言うフロー状態(Csíkszentmihályi 1996)においてはそうである。

3 comments:

  1. 楽しみなブログがまたひとつ開設されました。
    科学的知見に基づく洞察の展開。身体を伴った哲学の地平が啓くことを期待しています!

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  2. 大雑把すぎる表現だけど、前頭葉が脳全体の抑制制御に重要な役割を担うので、拒否に失敗したとしても抑制的に働く事はありそうだと思う。

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  3. 随意運動の準備が行われる1秒前から0.2秒前と、「私」の「意識」が運動の所在に気付く0.2秒前から直前で、随意運動の準備(無意識の脳の状態)は変わらないのでしょうか。
    変わる余裕が時間的に無くかろうじて拒否権がもてたということでしょうか?

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